原作は、妻から旦那へと送られる手紙スタイルの小説で、映画化された際に様々な賞をノミネートしてまして、結構有名な作品らしいです(私は別の映画のDVDについていた予告編で知りました)

何というか、言葉に詰まるような作品です。私は子供がいないのでちゃんと分かる訳ではないのですが、おそらく実際にお子さんがいる方(特に母親)は、色々と考えてしまうかと思います。

ですので、お子さんがいらっしゃる方(特に母親、もちろん父親も)にはぜひ見て頂きたいと思うので、ご紹介させて頂きます。

聡明すぎる少年と、現実を見ない父親、子供から逃げる母親

主人公である女性は、恋人と旅行の際に危険日であると知りながらナマでしてしまいます。見知らぬ地での旅行やお祭りといった新鮮さがテンションを上げてしまったのでしょう、どうかと思いますがまぁまぁある事みたいなのでここは良しとします。

そしてその軽率な行為が原因で妊娠。彼女はまだ子供が欲しかった訳ではないようなので、この時点でかなり悩んでいますが、恋人がとても喜んでくれたのでそのまま結婚&出産してしまいますが、こういう幸せの始まりもあるようなので、ここもとりあえず良しとしましょう。

その後、生まれた息子は何故か母親にだけ懐きません。父親が抱っこするとすぐに泣き止むのですが、母親が抱っこすると火が付いたように泣き出してしまいます。

また印象に残っているのは幼い息子と母親が遊んでいるシーンでしょうか。座っている息子とボール遊びをしているのですが、いくらボールを転がしても息子は無関心で、遊びにもなりません。

更に息子が4歳くらいになった頃、オムツが取れるのって普通何歳くらいでしたっけ?分かりませんが、さすがに4歳は取れていると思うのですが、棚にはオムツが山盛りになっていて、母親が取り替えてすぐにウンチをしてしまいます。

こんな感じで、どんな時でも父親の前ではとてもいい子なのですが、父親がいない時にはこれでもかというくらい母親に反抗的なまま少年は育ちます。

息子の母親へと嫌がらせ

とにかくこの息子は母親に嫌がらせを続けます。食事の時にはシリアルを潰したり、パンを丸めて弄ったりという地味なものから、その後に生まれた妹のペットを流し台に捨てて排水管を詰まらせたり、何かの液体(恐らくトイレハイターみたいなもの)を使って妹の片目を失明させたり(明確な表現はありませんでしたが、やったのは息子でしょうね)と色々。

上記で書いたオムツの時も、カッとなってしまった母親がつい息子を放り投げて腕を骨折させてしまうのですが、父親に聞かれた際に母親が説明する前に「自分がオモチャの上に倒れた」という嘘を言って、ジワジワと精神的に母親を追い詰めます(その後母親は本当の事を旦那に言えず、罪悪感に苦しみます)

この嘘について母親を庇ったのではないか?と思われるかもしれませんが、違います。その後、母親と共に出掛けた時に、母親が買い物をしていっていいかと聞いた時に「家に帰りたい」と腕の傷跡を見せつけるように撫でていました、脅していますね。

そして母親への嫌がらせの最終段階が、息子が16歳になる前日に、アーチェリーを使って高校での無差別殺人です。

何人殺したのか正確な人数は分かりませんが、少年は素直に逮捕され、母親は罪を犯した少年Aの母になりました。

子供から逃げる母親

元々彼女は子供を作るつもりはありませんでした。一時のテンションで身籠ってしまったので、望まない妊娠をしてしまい、恋人の嬉しそうな顔に産むしかなくなり、仕方なく子供を持ってしまったという感じが出ています。

望んでもいない妊娠、出産、子供。そしてその子供が全く自分に懐かず、やかましい工事の音と泣き止まない子供の声に彼女のストレスは相当なものだったのでしょう、子育てノイローゼというのがありますし。

赤ん坊の時だけならまだしも、成長しても自分に反抗的な息子の態度に、彼女は恐ろしくなってより息子と距離を置こうとしますが、出来る訳もなく、彼女なりの理想の家族を作りたく必死に理想の母親像を演じるようになります。

演じている時点で既に息子ときちんと向き合っていないと思うのですが、彼女は彼女なりに頑張っていたのでしょう、その辺りは実際にお子さんをお持ちの方は分かるかもしれません。

その後に生まれた娘は愛らしく彼女にも懐いてくれるので彼女も可愛がるのですが、息子は成長と共にエスカレートしていくばかり、相変わらずここは妙な感じのままです。

現実を見ない父親

ところで父親は?という事で、彼に関しては「現実を見ようとしない」としか言えませんね。むしろこうなった原因は父親にあるとも思えます。

妻がどんなに息子と上手く出来ない事や、妹の事件が息子がやった事ではないのかと言っても、息子をそんな風に言うお前こそカウンセリングを受けた方がいい、と言ってまともに向き合ってくれません。

彼は理想の家族像だけを見て、息子に信頼される父親というポジションに酔っていただけなのではないかとも思ってしまいます。

「We need to talk about Kevin」は、原作のタイトルで「私たちはもっとケビン(息子です)について話し合う必要があった」という意味ですよね、確か。

このタイトルの通り、もっと話し合えば良かったのだと思います。けれど父親は全く現実を見ようとしないで、妻の言葉にも耳を傾けず、表面的な幸せに酔っていて駄目ですね、彼の責任は大きいと思います。

噛み合わない親子の悲しい結末

母親は望まない出産で息子に対しての愛情に自信が持てず、父親は現実を見ず、それを敏感に感じ取った息子は強硬手段に出ます。

おそらくですが、少年が母親に懐かなかったのは母親が自分を愛していないと感じ取ってしまったからで、母親に対して嫌がらせを続けたり無差別殺人を行ったのは、母親に自分を見て欲しいといったアピールだったのだと思います。

もちろん現実を見ようとしない父親に対して現実を見させるのも目的だったと思いますが、つまりは親子の考えなどが上手く噛み合わなかった結果が、あの無差別殺人だったのでしょう。

母親がもっと自信を持って息子と接する事が出来れば、父親がもっとちゃんと妻の話を聞いて現実をしっかり見てくれれば、全員が救われたのだと思います。

結局、息子は逮捕され、父親はいなくなり、母親はどうして息子が人を殺してしまったのかを悩みながら、少年Aの母として差別されながら地元に残る結果となってしまいました。

この辺りはこの母親すごいですね。犯罪者の母親だからと町の人々に嫌われ、嫌がらせを受け、理不尽に我が子を失った他の母親達からキツく当てられてもなお、町に残り続けたのですから。

お子さんをお持ちの方、この映画を見て今一度お子さんとの関係を考えてみてはいかがでしょうか?愛情を持って真摯に向き合わなければこうなってしまいますよ、という映画だと思いますし、少年Aの母という立場の重さも描かれています。

最後に、何故16歳になる直前に犯行を行ったのかはおそらくアメリカでは16歳になると運転免許証を持てるので、大人になるのと同意義でもありますし、大人になる=親から巣立つ前に、母親からの愛情を貰いたかったのではないのでしょうか?

それとこの少年は、数年で出所出来るという事を知っているんですよね。頭の良い子ですから、たぶんその辺りも計算済みなのでしょう。